9/2,金室町の防災訓練に参加させていただきました。

2012年9月2日

 当院からは、看護師2名と事務職員2名が参加しました。
小雨が降る中始まった防災訓練でしたが、30人以上の方が集まり、病院からは、災害時におけるADLの使い方と心臓マッサージのやり方、骨折の処置の仕方などを指導しました。
「怪我をしていたら心臓マッサージをしていいのか。」など熱心に看護師に質問される主婦の方や、率先して放水ホースを運ぶ方、消火訓練のバケツリレーには、若いお母さん達やお孫さんを連れたお年寄りまで参加されており、金室町の防災に対する意識の高さと地域の絆を感じることができました。

防災訓練 防災訓練


さよなら原発10万人集会

写真2012年7月16日

東京代々木公園で開催され、秩父からもバスで約70名が参加しました。大江健三郎さん、坂本龍一さん、瀬戸内寂聴さんたちのお話しを聞いて、本当にたくさんの人たちが反原発に立ち上がっているのだなということを実感しました。そして福島だけのことではなく、私たち日本人一人ひとりがこれから原発をどうしていくのか考えていかなくてはいけないと思いました。デモにも参加しましたが、宗教団体の方々も太鼓を打ち鳴らして参加し、ベビーカーを押して参加している若い夫婦の姿に、思想信条を超えたこの集会に参加できて本当によかったと思いましたし、これから秩父地域でも反原発の取り組みをすすめていこうと決意を新たにしました。

震災被災地支援研修会に参加して

2011年11月17日写真

 医療生協花の木支部主催の「福島被災地支援研修」企画に参加しました。日頃新聞やテレビ報道などによって情報は見聞きしているものの、やはり現地での実情がどんなものなのか、機会があれば現地訪問によって知りたいと思っていたので、一も二も無く参加を希望したのでした。
 紅葉の山々を車窓に眺めながら、バスで浜通り医療生協、小名浜病院へ向かいました。現地では矢吹副理事長さんと職員さんが迎えてくれました。ここ小名浜生協病院は高台に立地し、地盤も固いことから、地震、津波の被害から免れたとの事でした。
 病院訪問の後は、矢吹副理事長さんがバスに同乗して実際の被災地を案内してくださいました。海岸通りへ向かう途中の魚市場付近は、瓦礫の片付けは進んでいたものの、フェンスが傾いていたり、倒れていたりコンクリート瓦礫が放置されている姿もあちこちにありました。穏やかな海沿いを走りながら見る風景は、海に面した南側の家々が、ほとんど津波にさらわれ基礎コンクリートを残すのみの姿となり、かろうじて形を残す住宅も、内部はボロボロに壊されていました。改めて強力な津波の破壊力を知り、衝撃を受けました。
 さらに先に進んだ海辺は、瓦礫の山と化していました。海水浴場の海の家などは、わずかに骨組みを残すのみで、現地の体験者の話では「まるで高い壁が迫ってくるようだった」との事でした。
 ひばりの歌で知られている灯台のある塩屋埼では、歌碑一つがぽつんと残っていたのが印象的でした。
 久之浜では、バスを降りて被災地を実地に歩いてみました。商店街があったという一帯は、津波と火災に襲われて僅かに一社の神社を残すのみで、一面何もない風景と化していました。
 バスでさらに北へ向かった楢葉というところから先は、放射線汚染地区指定のため「立ち入り禁止」地区とされ、物々しい警戒の中で通行も禁止されていました。
 震災発生から8ケ月が経過し、瓦礫はかなり片付けられているものの、地震・津波に加えて、原発事故にまで見舞われ、まさに三重被害に遭われた被災者の皆さんの苦難の、万分の一を肌で感じ、未だ復旧・復興への道は遠い中で、自分に出来ることは何か、出来ることで被災地の気持ちに寄り添いたいと強く感じた研修となりました。

組合員  齋藤 弘子

震災支援・原発関連